札所紹介

第一番札所 金剛山 最勝院(こんごうざん さいしょういん)

最勝院は具には金剛山光明寺最勝院と号す。この名称は「金光明最勝王経」という仏教経典に由来し、五穀豊穣、国家安穏の深い願いが込められている。天文元年(一五三二)、弘信法印が平賀郡堀越城外の北、萩野の地に三宇の伽藍を造営し開基した。本尊は金剛界大日如来、秘仏として猫突不動明王、牛頭天王、聖天、文殊菩薩、五智如来、胎蔵界大日如来、如意輪観世音菩薩等を祀る。文殊菩薩は津軽卯歳一代守本尊霊場、猫突不動明王は東北三十六不動尊霊場として信仰を受けている。

津軽藩祖為信は、天正年間(一五七三~一五九二)に津軽を統一した後、高野山から高僧宥観を招いて最勝院住職(第四世)とし深く帰衣した。江戸寛永寺開山の天海僧正と幕府からの預人慶光院は相談の上鎌倉五山、京都五山にならい津軽真言五山を制定した。最勝院はその筆頭寺院の座位を与えられ津軽地方随一の寺格を誇った。また、津軽領内の修験、座頭、巫女等を支配し社人頭を通じて領内の社人をも支配(千百三十三社)した。更に、門跡寺院である京都勧修寺より住職を迎え入れた時期もあった。宮家が住職を務められたのは津軽では最勝院だけであり、当時の絶大な勢力をうかがい知る事が出来る。これらのことを背景に戦勝、五穀豊饒、民心の安定等を願う歴代津軽藩主の祈願所としても篤い信仰を受けて来た。近世に至っては明治初年の廃仏毀釈(神仏分離令)により、最勝院は弘前鬼門の地である田町より現在地の旧連光山大圓寺跡に移転。旧大圓寺の総てを受け継ぎ、寺院としての発展の中で境内整備を為し現在に至っている。

境内に建つ五重塔は、日本最北端の国指定重要文化財の五重塔である。津軽統一の際に戦死した人々の霊魂を供養する仏塔として三代藩主信義の時世に大圓寺六世の京海が発願、四代藩主信政に至り大圓寺七世當海代の寛文八年(一六六八)に入佛開眼供養式が厳修された。この五重塔は姿が美しいことで有名であり、重要文化財指定説明には『實ニ東北地方第一ノ美塔ナリ』と讃えられる。

寺院プロフィール

よみがな こんごうざん さいしょういん
寺院名 金剛山 最勝院
宗派 真言宗智山派
本尊 大日如来
住所 〒036-8196
弘前市銅屋町63
お問い合わせ 0172-34-1123
参拝受付時間 午前9時から午後4時30分まで
駐車場 無料駐車場、乗用車5台
新寺町側が正面入口となります
トイレ あり
ホームページ http://www15.plala.or.jp/SAISYOU/
ご詠歌
いつのよも かわらぬめぐみ ふかくして みおしえたかく そびえたつとう
いつの世も 変わらぬ恵み 深くして 御教え高く そびえ立つ塔
すみわたる つがるこくふの なかそらに さいしょうのとう そびえてたてり
澄みわたる 津軽国府の 中空に 最勝の塔 そびえて立てり
行事日程

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